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【CSR】ランドネットの社会貢献活動|~藤岡先生の歴史授業支援レポ~第12回のテーマは「武士の誕生/平清盛と源頼朝」

CSR

【歴史講座の開催・運営を支援】

ランドネットは、私塾ネット・学習塾LAPIS鎌ヶ谷主催「塾人・先生・大人のための歴史講座」の開催・運営を支援しております。

月1回のペースで開催している本講座には、教師や日本史に関心を持つ人たちが集い、毎回10名ほどが参加。

歴史を知る場所と機会をつくるCSR活動を通して、日本人が日本のことをもっと好きになれるよう取り組んでおります。

【講座内容】

◆国家の財政破綻

今回の授業テーマは「武士の誕生/平清盛と源頼朝」でした。

980年、平安京の正門「羅生門」が暴風によって倒壊するも、当時の日本は都の玄関口すら修理できないほど財政破綻に陥っていました。

背景には、農民の逃亡や戸籍の偽装により個人から税徴収する「公地公民」の崩壊や、墾田永年私財法(743年)の発令以降に課税対象地となる開墾地を有力貴族に寄進(名義譲渡)して税負担を逃れるケースが多発したからです。

税金が集まらなくなった朝廷は国家システムを「律令国家」から「王朝国家」に転換。

個人からの税徴収を諦め、土地を単位として課税するよう国司・受領(現地に赴任する知事)に大幅な権限を委任しました。

また、多額の生活費がかかる皇族が増えすぎていたことから、皇族たちが姓を与えられ皇族を離れる臣籍降下(しんせきこうか)を実施するなど、財政立て直しに国は奔走していました。

◆自力救済が必至となり武士が誕生

治安情勢にも変化がありました。

強大だった唐が弱体化し、攻められる危険性が低減した日本は、792年に桓武天皇が国防のための軍隊(軍団)を廃止しました。

その後、都の治安を最低限守るために検非違使(けびいし)が新設されたものの、地方の警察組織を維持する予算はなく、地方は荒れ放題に…。

生き残るためには自ら武装し、自分の生命・財産を守らなければならない状態(中世的アナーキー)となるなか、自衛のために武装した地方の領主たちや、臣籍降下で地方へ下った元皇族・下級貴族(後の平氏や源氏)の中から、独自の軍事能力を持った「武士」が誕生していきました。

◆日本史上初の大規模反乱「平将門の乱」

臣籍降下により桓武天皇のひ孫である高望王が「平」という姓を与えられ皇族から離れると、坂東(関東)に土着しました。

繁栄していった平一族でしたが、平将門が土地の権益や婚姻関係をめぐって伯父の平国香を殺害したほか、国印と国の倉庫の鍵を奪う反逆を機に3倍の軍勢を率いる国司軍と戦い勝利するといった、日本史上初の大規模反乱「平将門の乱(935年~)」に発展していきました。

さらに「新皇(東国の王)」を自称するなど権力を大きくしていった将門でしたが、国香の子・貞盛によって討伐されました。

それから178年後、貞盛の子孫・平清盛が誕生します。

◆平家全盛期を築いた清盛

平清盛は、将門の求めた「武士中心の政治」を実現していきます。

国家の最高権力をかけて戦った保元の乱(1156年)と、朝廷内における主導権をかけて争った平治の乱(1159年)に武力で勝利すると、武士として初めて太政大臣に登り詰め、平家全盛時代を築きました。

しかし、平治の乱で倒した源義朝の子・頼朝と義経の死罪を減刑し生かしたことが、後に一族を滅ぼすことになる平家最大の失態を招きます。

◆源頼朝と義経の復讐

平治の乱から約20年後の1180年、流罪で伊豆に流されていた頼朝が以仁王(もちひとおう)の指令を受け、平家討伐を掲げて挙兵します。

そして、源平合戦(1180〜1185年)が幕を開けると、頼朝と義経が率いる軍に平氏軍は敗北。

清盛は1181年に高熱を発してもだえ苦しみながら病死(マラリアと推定)します。

その後、義経らの活躍により一ノ谷・屋島・壇ノ浦の戦いで平家は全滅。

戦後、頼朝は守護・地頭を置いて1192年に鎌倉幕府を開きます。

清盛が藤原氏と同じ旧来の政治手法に頼ったのに対し、伊豆での配流生活で東国武士の切実な願い(土地の保障)を知り尽くしていた頼朝は、武士ファーストの新制度を確立。

こうして、約700年続く「武者の世(武家政治)」が本格的に到来したのです。

歴史講座を支援するランドネット新卒社員

【ランドネット社員の感想】

(授業を受けて) 新卒1年目 鎗田

今回の歴史講座を通して学んだことは「目の前にある現実から目を背けず、現状を打開するために自ら学ぶ姿勢の大切さ」です。

とくに印象的だったのは、父・忠盛が公家たちから激しい差別を受けてきた理不尽な現実を、幼少期の清盛が間近で見つめていた点です。

清盛はただ感情的に反発するのではなく、「公家社会のルールやマナーを完璧に身につけ、日宋貿易による莫大な経済力と圧倒的な実務能力を示す」という、誰も文句を言えない現実的な行動で自らの地位と武士の存在価値を証明していきました。

理不尽な状況や、努力と評価が見合わないと感じる場面は、現代においても存在します。

仕組みや環境のせいにして声を上げるだけでなく、現実を冷徹に見つめ直し、自らの実力と成果で周囲の認知や環境を変えていった清盛の立ち振る舞いは、新社会人の私にとって見習いたい姿勢です。

また、約350年間も死刑がなかった点は「日本人ならではの国民性」だと感じました。

過酷な拷問や処刑を繰り返していたヨーロッパとは対照的に、平安時代の日本では血や死を穢れとして忌み嫌う風潮が高まりました。

そこには命や調和を重んじる日本人ならではの民族性が一因としてあったのではないかと思います。

血を伴う役割の軍隊や警察がなくなり、「自分の身は自分で守る」環境に変わるなかで誕生した武士の存在は、日本を語るうえで欠かせない歴史そのものであり、その武士の筆頭格である平氏と源氏が現代も語り継がれる理由がわかった気がします。

(運営を通じて)

学校の教科書では読み取れない登場人物の幼少期や育った環境を知り、歴史が動く背景に触れることができた実りある授業でした。

受講者の方々は、積極的に藤岡先生に質問を投げかけておられ、日本の歴史に対する好奇心と愛情を感じました。

これからも講師と受講者の方々にとって有意義な時間と場を届けられるよう運営に尽力してまいります。

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